比べられるのは,違いがあるからだと思います.同じものを比べようとしても,比べるところがないので,まとめてしまうと思います.人参は人参袋に入れてしまうでしょうし,石鹸は石鹸箱に収めるでしょう.比べようと思えるものは,自分の知っている物事とは違うところがあるものです.そして,おそらく,比べてしまうのは,それを知りたいからではないでしょうか.それを知って,自分のものにしたり,自分に取り入れたり,自分もその一部として近いものになりたい,と思うからではないでしょうか.
そうであれば,直接ただ比べるだけが能ではありません.その背後にある思想を比べてみれば良いのです.ものも人もその考えも,考え方が横たわっているものです.かっこいいデザインの裏には思想があります.器が大きい人には,相応の哲学があります.考えが新しく魅力的に感じるなら,その根や幹となる過去が網状に連なっています.つまり,考え方や思想を知り,それを多く辿ったり比較していくと,違いがくっきりと手に取れるようにわかり,わかるようになった頃には自分の一部となっているのです.
それでは,思想や考え方は,どのように知ったら良いでしょうか.よく,人の話を聞きなさい,と言われませんでしょうか.お店に行って,このお店の品物すべて好き,というお店のことが,なぜ好きなのでしょうか.何が好きなのでしょうか.心地よいからでしょうか,かわいかったりかっこいいからでしょうか.自分の性質を引き出してくれたり,新しく整え直したりしてくれるからでしょうか.つまり,あなたが求めていた違いとは,そのようなものだったのではないでしょうか.
これだけで満足してしまう人も多いと思います.そうかわたしはこれを求めていただけだったんだ,と.でも,それは勿体無い認識です.なぜなら,これからも似た線で,似たような物事を求めていくだろうからです.自分ではそうと知らず.であれば,自分の思想こそ,知っておこうとは思いませんか.そうすれば,自分がどんな線の上を歩もうとしているか,なんとなくわかってあげられるような気がしませんか.
これに役立つことは,まず自分の出自を知ることでしょう.自分がどこで生まれ,どんな親の性質を継ぎ,どんな教育を受け,友人や先生からどんなことを思い,何が好きで,何があって今は嫌いで,何に悩んで何があって解消し,だから今何が課題になっているか.一貫させたとき,自分の線がわかるようになります.
しかし,これでは単線なのです.自分の道はよくわかっても,人の道や多くの同時代人の傾向,国や歴史の後先までは,まだ関心の外にあります.関係ないと切り捨てるなら,無理して知る必要は今はないと思います.しかし,好きでなくても,関係してしまっていることは,暮らしている以上,いろいろあるだろうと思います.投票もしたくない選挙,納税したくもない行政区,危ないとしか思えない宗教派.世界に様々な人が暮らしている以上,自分が関わるだろう世界も,また,ある程度よく理解することになるでしょう.
このとき役立つのが,文章になった思想です.本やウェブにたくさんあります.高校倫理や大学初年の哲学で,多くの主義や思想を紹介する講義があったと思います.しばしば哲学を専門とする人は,概論は役立たないと切り捨てます.確かに,哲学書の一冊や数冊を深く読んでしまえば,概説など何も語っていないも同然です.しかし,思想にあまり馴染みがなく,そもそも思想とはどんなものか当たりもつかず,また,自分や特定の思想で満足できなくなっている人にとって,思想史の概説本は,とても便利で役立つと思います.
というのも,わたしがこの哲学者を勉強したい,と興味を持ったきっかけも,今困っているがそういえばこういう単語があったから読んでみようか,と関心を広げられたきっかけも,概説書でした.例えば,快楽中毒になっている気がしていたとき,そういえば禁欲を掲げていたストア派というのがあったな,と検索してみて,読めそうな手軽な文庫を買ってみたことで,わたしはミニマリズムをより正しく理解でき,ものやお金だけでなく日常の作業量や脳の活動にまで広く適用でき,楽になりました.同時に,禁欲主義の危うさや欠点も,文章で明らかになっていたために弁えることができ,過度に信用することも,すべてに適用しなくてはならないと思うことも,しない知恵がつきました.動画だけや人から聞いただけでは,ここまで深く理解し慎重になることはできなかったろうと思います.
人は,違いを見つけるから,考えるのです.考えていくから,違いが明らかになるにつれ,自分が明らかに存在できるようになるのです.考える材料が多いほど,多くの世界の物事に対しても,自分を存在させることができます.そうなれば,おそらくはより多くの人から,広く深く,あるいは珍しい存在として認知され,多くの人から比べられる存在になるのではないでしょうか.なぜこの人はこんなに広く考えられるのだろう,と.そして,違いを明確に文章などで表せるようになれば,後の迷える人に思想を残すことができます.もしあなたが誰とも違うのであれば,後の人にとっても新たな違いとして発見されるのでしょうから,後の人はより明らかに存在できるようになる,つまり,明確に考えられるようになるので,新しい違いもまた,生まれるようになるのです.